●書評

「コミュニケーションとしての英語教育論英語教育」
--パラダイム革命を目指して--
鈴木佑治、吉田研作、霜崎 實、田中成範 共著 アルク 1997


四人の教授の大学での実践から生まれた考え方であり、英語教育を根本から見
直すことができ、オーラル・コミュニケーションの目標を生かすことのできる本。
中学校、高等学校で応用可能な教育論である。ただし、実践するには教師の側の
意識改革と努力が必要とされる。

本書の構成
本書の構成は、序論にも書かれているが、四部構成になっている。第一部は
「言語論」であり、二篇の論文から成る。第二部は「異文化論」であり、四篇
の論文で構成されている。第三部は六篇の論文から成る。第四部は「英語教育
実践篇」で、二篇の論文から成り、最後に座談会形式での著者四人の思いが述
べられている。以下簡単に各部の概要を述べる。

第一部 言語論
ここでは、下記の点について述べている。
コミュニケーションは多種多様な要素を含み、言語はその一部であり、他の要素を
含めて相互作用して発生したものであること。

日常会話を、完成した「文の連鎖」ではなく、意味の塊である「 断片」( チャンク)を
連鎖化させることで成り立つと捕らえることで「文法の呪縛」から逃れようとする試み。
更に、会話は自己と他者の共同作業であり、「断片」の連鎖化による意味作りのプロセ
スにおいて積極的な役割を果たすのが、you know と I mean であるとしている。

第二部 異文化論
ここにおいても、はじめに「コミュニケーションありき」の考え方が土台になっている。
異文化コミュニケーションを目的としての英語教育で大切なことが二点挙げられている。

ひとつは「社会的に明確な形を持ったスクリプト(少なくとも英語圏で通用するもの)
をロールプレーなどを通して学ぶこと」であり、もうひとつは「一般的スキーマ利用の
個人差に対応するため、各人が相手との間にコミュニケーション・ギャップを感じ取った
ときに、そのギャップを埋めるべく「対話」をする能力を身につけること」である。

異文化教育は、異文化の風俗・習慣あるいは価値観を「 教える」ことにより、学習者に
異文化を理解させることである。しかし異文化についての平均的知識を与えることは、
それがステレオタイプとなりうることに注目し、「異文化教育の狙いは、対話的関係の
中でしなやかな意味づけを実践する能力を養成することにある」としている。

英語を話すという行為がアイデンティティーという点からどのような意味を持つの
か述べている。言語はアイデンティティーと密接な関係があり、日本に住む者が英語
でコミュニケーションをする意義をアジア人としてのアイデンティティーに戻って考
えることが必要だとしている。更には、学習者のアイデンティティーをも考慮に入れ
た教材作りにも触れている。

辞書において定義されている語の意味は、特定の状況の中である表現を使うことが流
行するに連れ、そのコンテクストが意味の一角に侵入していく。それが今度は私たちの
思考に影響を与えることをblackという語を使って、Oxford English Dictionary,
Webster's Third International Dictionary, Kenkyusha's New English Dictionary,
そして角川国語中辞典を取り上げて解説している。

第三部 英語教育論
ここからはだいぶ具体的な提案がなされていく。まず、現在の英語教育の特徴ともいえる
「知識ベース構築型」の英語教育から、「コミュニケーション志向」の英語教育への転換を
図るために、英語をコミュニケーション行為の中で使用することによって、それまで蓄えて
きた知識を活用する方法を学ぶ場を造り出すことを提唱している。つまり、教師の役割を、
伝統的な教室における「教える」という行為を中心にするのではなく、コミュニケーション
の場を造ることによって学習者をその活動に巻き込むこととしている。

学習者を「コミュニケーター」であるとみなすと、表現内容は外から与えられたものでは
なく、学習者が自分の関心に導かれて探し出したものであり、学習者に求められることは、
積極的にコミュニケーション活動に関わるべく「活性化」した状況にあることである。

この「活性化」した状況を作り出すために、環境を整えることこそ教育が果たすことだと
している。その例として慶応大学湘南藤沢キャンパス(SFC)の実践例を挙げている。

現在では日本全国の教室でALTが英語教育の一翼を担っており、Native Speaker の
英語に接する機会が増加した。そこで、Native Speaker に対する認識を転換することと、
ある Native Speaker の判断が絶対ではないことを「言葉のゆれ」という観点から論じて
いる。

 つまり、日本語でも同じだが、ある表現が自然なのか不自然なのかは判断が人によって
異なる。この「言葉のゆれ」が存在する以上 Native Speaker が常に英語の正しい使い方
を知っているとは限らないとしている。まして、英語が国際語として認められている以上、
アメリカやイギリスの英語ばかりでなく、異なった言語背景を持つ英語話者とのコミュニ
ケーションを目指した英語教育に対応するためには、新しい「英語のモデル」を考える必
要性も指摘している。

私たちが思春期に外国語にふれるとき、心理的な違和感が強く、なかなか馴染めるとこ
ろまでいかないことが学習者を脅かしている、つまり学習者の自我を脅かす可能性を考え
る必要を指摘している。 この心理負担つまり不安を克服することも外国語学習には大切
なことである。そのために、My English と Your English でコミュニケーションを図ろう
と述べている。

コミュニケーションの観点から「テスト」をみると、現在の「テスト」は完全なものは
ないという立場を取り、TOEFLでさえも米国の大学や大学院で求められてる能力のうち
ほんの一部しか測っていないというのである。そして新しい評価システムをも提案して
いる。

日常の会話で使われる言語使用能力と、教室など学習場面で必要とされている言語能力
は異なる。この事を念頭に置くと、自ずからカリキュラムの考え方も変わってくるという
ものである。当然何を目標にするかによってカリキュラムの組み方がまったく変わってく
るのである。

第四部 英語教育実践論
ここでは具体的に中学や高校で授業をすることを念頭に、コミュニケーション中心の
授業について述べられている。まず、コミュニケーション中心の授業の三つの特徴が挙げ
られている。教師主導ではなく、教科書を超える(教科書を使わないのではない)「本物」
の教材、そして「はじめにコミュニケーションありき」の姿勢である。特に、display 活
動と referential 活動がコミュニケーションを通じて英語を学習する上で大切なことである。

言語をコミュニケーションとして学ぶとき、人と人との「対話」(会話ではなく)を通し
ての調整能力と自己表現力をつけることがポイントになる。調整能力や自己表現力をつける
ためのさまざまな練習についても触れられている。つまり、コミュニケーションとは対話者
同士の相互理解とそれに基づいた問題解決の共同作業であるというのだ。

最後に慶応大学湘南藤沢キャンパスの英語教育についてであるが、数年間にわたる筆者
らの英語教育改革の姿が見事に描き出されている。大学生であるから、コミュニケーショ
ンをベースにし、リサーチ、プレゼンテーション、ディベート活動を通した「自己表現」を
追求していくものとなっている。

この書を読んでみて考えさせられたのは、コミュニケーションを基準において言語を見
た場合、今までとは異なった言語観を理解する必要があることだ。自分への警告も含めて、
中学や高校で英語教師は本当に英語を使えるものとして教えてきたのだろうかということ
でもあった。ALTが学校に登場した当初にはよく見られたことであるが、授業やテスト
ではうだつの上がらない生徒が、休み時間などにALTと、単語の羅列でも、英語と日本
語交じりでも何とかコミュニケーションしようとしていた姿を、ALTのその生徒に対す
る評価が日本人英語教師と異なっていたことを思い出さざるを得ない。

いわゆるJETプログラムが始まってから今年で11年目になるという。Native Speaker
とティーム・ティーチングというコミュニケーションのチャンスを与えられながら、この
10年間英語教師は本当の意味で英語をコミュニケーションの道具として生徒たちに与えて
きたのだろうか。

道具の説明書を渡して、この道具がどんな機能を持ち、どんな働きをするかということを
与えだだけで、道具を使わせてやらなかったのではないかと思いを強く持たされた。と同
時に大学における英語教育も変わりつつあることを実感した。

 高校教師が大学入試を盾に取って高校の英語教育を変革する努力を怠っていたら、気が
ついたときには取り返しができないほど時代遅れになってしまいそうな気持ちになった。

 ただ、欲をいえば、大学入試でがんじがらめにされていながらも、何とかしなければと
感じている教師が「やってみようか」と一歩踏み出すきっかけをもう少し具体的に示して
欲しかったと感ずる。

この書で要求されていることは大変なことだが、総論は示された。総論賛成各論反対で
はなく、英語教師一人一人が各論を書いて実践する時期だと言われているような気がして
ならない。

西澤善明
長野県長野商業高等学校教諭


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