Association of Sophian Teachers of English
上智大学英語教員研究会
Newsletter


 
第43号                      2000年9月1日



Contents
これからの日本の英語教育はどう変わる

「ASTE 20周年記念誌から」
TWENTY YEARS

ASTEが動き出した日
水槽から大海へ
ASTE 20周年に寄せて 会員の声
上智大学英語教員研究会 発足20周年記念 例会資料

「OCAでのGroup Presentation『地域研究』の試み」

お知らせ
ASTE 2000年度後期予定


これからの日本の英語教育はどう変わる

第105回ASTE 例会   2000年4月22日  上智大学 吉田研作

1.TOEFL の得点から見た日本人の外国語修得能力
 今年になって、英語教育の話題がにわかに注目されるようになってきた。その一つは、日本人の TOEFL の得点が初めて500点の大台に乗ったこと。しかし、それでもアジアの他の国との比較からすると、まだ下から4番目だ。しかも、台湾と比べると9点、韓国と比べると34点、そして、中国と比べるとなんと61点も低いことが分かる。
 この結果を見て、色々な人が、なぜ日本人の得点が低いのか、ということを論じ、いろいろな仮説を立てる。日本人受験者が一番多いし、色々な人が受けている。中には、単に自分の今の英語力を測る道具としてしか考えていない人がいる。そして、そのような人が全体の点数を下げているのだ、という意見がある。しかし、考えてみると、人口に対するTOEFL 受験者の割合を見ると、日本人より韓国及び台湾の人の方が沢山TOEFL を受験していることが分かる。となると、どのような目的を持って受けているか、ということが問題になる。それが分かれば、モーティベーションが強いか弱いかで TOEFL の得点が決まるのではないか、ということ議論ができるからである。
 これは、ある意味では大切な問題である。TOEFL の得点を見て、やっぱり日本人は外国語が苦手なんだ、と思ってしまう人が結構いる。テレビ番組でも、なぜ日本人は英語が苦手なのか、というテーマが取り上げられる。言語を学ぶ先天的な能力、あるいは素質とは全く関係のない「動機」がTOEFL の得点を左右しているのだと言えれば、今後の問題は、いかに動機付けをするか、という点に絞れるだろう。しかし、もし、日本人、あるいは、日本語の中に、他の言語を学ぶことを阻害する何らかの要因が存在するとなれば、日本人の外国語に対する苦手意識はそう簡単には払拭できないだろう。
 ところで、今年発表された TOEFL の点数に、CBT (Computer-based Testing) の結果が載っている。CBTは、10月から日本でも実施されるが、今のところ、日本国内では受けられない。この結果を見ると、海外で既に2万人の日本人がCBT を受けていることが分かる。つまり、現に今、海外にいる日本人だから、多分、海外の大学、あるいは大学院に入りたい、あるいは、日本の大学の特別入試を受けたい、という人が殆どだろうと推測される。ということは、彼らの方が従来のTOEFL の受験者よりも、全体的に見れば、モーティベーションが高い可能性があると言えるだろう。そして、モーティベーションがTOEFL の得点に影響しているのであれば、彼らの方が高い得点を取っているだろうと推測できる。実際に結果を見てみると、案の定、TOEFL CBT を受けた日本人の点数を従来のTOEFL の点数に換算すると、約518になることが分かる。つまり、従来の TOEFL の得点より、約17点高いことが分かるのである。しかも、同じCBTを受験した台湾人との差は、約8点に、韓国人との差は約15点に、そして中国人との差も約31点に縮まっていることが分かる。それだけ、モーティベーションが強ければ点数が上がる、ということを示唆する結果になっている。
 これは、既に公開されているデータを分析した結果のみから分かることだが、TOEFLの未公開データの結果を見ると、上記の結果がもっと鮮明に出ている(年齢別に見た受験者の得点分布)。つまり、30歳前後の日本人男性の TOEFL の得点は同性同年代の台湾人受験者の得点を逆転、韓国人との差が一桁台、そして中国人とも10数点差にまで縮まっていることが分かるのである。この30前後の日本人男性といえば、企業から海外の大学院に派遣される人たちが多いと思われる。そして、彼らは明確な目的意識と高いモーティベーションを持っている人たちだろう。
 このような結果から、モーティベーションをしっかり持っていれば、それだけ高い英語力を持ちうる、ということ、そして、日本人が先天的に外国語を学ぶのが苦手、という議論が成り立たないことが分かるのである。

2.英語の第2公用語論が持つ意味
 TOEFL 以上に大きかった話題は、「英語の第二公用語化論」だろう。「21世紀日本の構想懇談会」は、果たして本気で英語を日本の第二公用語にしようと思っているのか。懇談会の報告書にはこのようにある。

グローバル化は、旧来の制度、慣習、既得権などにとらわれない時代の到来でもある。 
、、、瞬時に自在に入手し、理解し、意思を明確に表明できる「世界へアクセスする能力」「世界と対話できる能力」を備えていなければならない。個人がそうした能力、つまり「グローバル・リテラシー」(国際対話能力)を身につけているかどうかは、彼または彼女が21 世紀の世界をよりよく生きるかどうかを決めるだろう。、、、




この能力の基本は、コンピュータやインターネットといった情報技術を使いこなせることと、国際共通語としての英語を使いこなせることである。、、、

、、、社会人になるまでに日本人全員が実用英語を使いこなせるようにするといった具体的な到達目標を設定する必要がある。、、、、自治体などの公的機関の刊行物やホームページなどは和英両語での作成を義務付けることを考えるべきだ。
長期的には英語を第二公用語とすることも視野に入ってくるが、国民的論議を必要
とする。まずは、英語を国民の実用語とするために全力を尽くさなければならない。、、、
                         (第一章、2000年1月)

 報告書では、まず、実用英語を日本人全員が身につけなければならないと主張している。そして、長期的には英語の第二公用語化を視野に入れることを提案していることが分かるだろう。確かに、グローバリゼーションが進んでいることは誰の目にも明らかだろうが、どうしてここまでの提案をする必要があるのだろうか。
 昨年末に、経済企画庁が発表したデータに、企業が従業員の能力で「欠けている」ものは何か、という調査の結果がある。それによると、コンピューターやマルチメディアの知識に関しては、50代の人が最も欠けており、30代ではあまり問題はないようだ。しかし、英語の基礎的な読解力と国際的なビジネスを行うのに必要な語学力は、30代、40代、50代を問わず、どの年齢も「欠けている」という結果が出ている。
 この結果から分かることは、コンピューターやマルチメディア教育は、若い人が多くなれば、生活環境自体が情報化され変化していくので、いずれは、みんな使えるようになるが、英語は、若い人が増えても、結局出来る人は増えない、ということだ。つまり、外国語の能力は、放っておいたらその内にみんなができるようになる、というようなものではないのである。なぜなら、外国語を使う環境が日本には存在しないのである。となれば、官公庁全てのホームページの英語版を作ることに始まり、もっと日常的に外国語(特に英語)が使われる環境を整えなければ、外国語能力は伸びない、ということになるのかもしれない。
 21世紀に入れば、世界は益々ボーダーレスになっていくだろう。日本がその中で今まで通りの地位を保ち、世界に貢献していくためには、どうしても外国語、特に英語の運用力が必要なのである。そして、英語の必要性は、普段から英語が何らかの形で日常的に用いられている環境が整っていなければなかなか感じられるものではない。だからこそ「第2公用語論」と持ち出すことにより、英語の必要性が身をもって感じられる環境を作ろう、というのだろう。
 問題は、英語教育に直接携わっている我々が上記のような考え方に対してどのような対応をするか、ということである。TOEFL の話に戻るが、年齢別の得点を見ていると、日本人(男女を問わず)の平均点を一番下げている年齢層は、10台後半から20代前半である。10台前半では、台湾を除いて上記4か国中下から2番目。20代前半では、最下位。どちらの年齢層も500点にとうてい及ばない得点である。逆に韓国では、10台後半が全年齢層の中で最高点を、また、台湾でも20代前半で500点を越し、中国では、20代前半で560点を越えているのである。日本人の得点は20代後半から30代にかけてが一番高いのである。
 ところで、10台後半と20代前半といえば、我々教師が学生たちの教育の責任を負っている年代である。20代後半から30代は企業が社員の教育の責任を負っている。どっちが成果を上げていることになるのかはもうお分かりだろう。どうも、我々が学生たちに英語を学ぶためのきちんとしたモーティベーションを与えていないと言えるのではないだろうか。では、何が問題なのだろう。(*これに対する私の考えは、本誌5月のASTE 20周年記念例会の「水槽から大海へ」、また英語教育8月号の同じタイトルの記事をお読みいただきたい。)

3.英語教育の課題
 下記の図を見ていただきたい。これは、人の認知・言語の発達を模したもので、Vygotsky の考え方を借りたものである。

コミュニケーションによるスキーマの成長

 スキーマとは、我々が行動する時に、その土台となる過去の知識や体験の集合である。例えば、日本人は、挨拶をする時はお辞儀をする。これは、今までの経験から挨拶をする状況が想起され(スキーマ)、それに基づいた行動をとると説明できるだろう。ところで、日本人同士で行動している限り、お辞儀をするという行動には、何の疑問も沸かないだろう。それ以外知らないのだから。
 これと同じように、我々が日本の従来の英語教育、という「特殊な環境」の中で英語を勉強している限り、多分何の疑問もなく、今まで通りの日本人の英語として学んでいくだろう。昔、ある講演の後で、一人のALTが私のところに来て、自分の生徒が英会話の授業が受験に役に立たないから止めてくれ、と言いに来た、という話を聞かされた。丁度その頃、テレビで、大橋巨泉の「こんなものいらいない」という番組で、日本の大学の英語の入試問題をアメリカ人に解かせたら、解けないという結果が報告された。勿論、巨泉は「だから日本の大学入試の英語はだめなんだ」と言いたかったのだが、生徒はそれを逆に解釈し、ネイティブ・スピーカーに英語を習っても日本の大学には入れない。だから、ネイティブ・スピーカーの授業は止めて欲しい、と訴えたのだった。まさに、「日本の英語」というスキーマの存在を如実に示したものと言えよう。
 しかし、このような「日本の英語」は「日本」でしか通用しない特殊な英語である。決して今後の国際社会で生きていくために必要な英語ではない。そこで、Vygotsky の説明によると、子どもの認知力の発達は、周りの人とコミュニケーションをする中で、それまでのスキーマをより大きな第2のスキーマへと発展させるところから始まる。子どもが「どうして」という疑問を抱き、それに周りの人が答えてあげ、子どもの疑問を少しずつ解きほぐしていく過程で子どもの世界が広がり、認知が発達する、というのである。
 日本の英語があくまでも日本というスキーマの中だけで定義され、形成されていったとしたら、このような「世界の広がり」「グローバルな視点に立った認知の発達」は望めない。子どもが好奇心を持ち、絶えずスキーマの広がりを求めるのと同じように、これからは、英語を通して学生たちの好奇心を満たすことが大切になる。しかし、それをするためには、教師と学生、あるいは、学生同士、そして、我々と外国の人たちとのコミュニケーションがなければならないのである。
 「第2公用語」という、上から与えられた外的モーティベーションよりも、場合によっては、「眠ってしまっている」(あえて、誰が眠らせてしまったかは問わないが)学生たち自身の内的な好奇心をくすぐること(内的モーティベーション)により、彼らのスキーマを広げてあげる教育をすることが何よりも大切なのではないだろうか。
(* 大分4月の発表内容と変わってしまったが、ご容赦願いたい。)

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ASTE 20周年記念誌から
ASTE第106回例会              2000年5月27日

TWENTY YEARS
Message from Fr. John J. Nissel

Dear fellow members of ASTE and other guests,
 When Mr. Yoshida told me about a celebration for the 20th anniversary of ASTE I
couldn't believe my ears. Twenty years! I thought he must have been mistaken. It couldn't be 20 years already! But when I thought back to ASTE's baby days, I realized it might have been more than 20 years because I couldn't remember how ASTE started. I had to ask just what have "we" been doing - "we" meaning mostly you and "less-ly" me.
 Having apologized for not being a very active member, I wish to congratulate all of you for the many accomplishments over two decades. I will not repeat them here, but I am really impressed and proud that you have done so much in that time.
 But as we say in the spiritual life, if you aren't advancing, you are not standing still; you are going backwards. So while you can celebrate your achievements, you cannot rest on your laurels. There is still plenty to do, and with so many ASTE members, some active, some passive, you have a good pool of manpower and talent to call upon.
 For example, if I may make a few suggestions, I would like to see a good composition course written for high school, junior and senior. Possibly it could be integrated with the Birdland series. Why composition? Well, if I can go back to the Dark Ages, when I was a high school student studying Latin, we freshmen often asked ourselves and our teachers ( mostly Jesuits), "Why Latin? Why Greek?" Not why writing. We took it for granted that studying any language meant studying it completely, and that included listening for understanding, speaking to convey ideas, reading literature to understand our Western culture and writing for discipline. At that time there was no possibility that I was going to write a letter to Julius Caesar. Of course a high school freshman at the age of 13 had only a vague idea of what all this meant, but we understood better as years passed and our hair turned grey.
 Writing for discipline? Well, you can fake your way along when speaking, go back and forth in clarifying your ideas, repeat and use gestures, but you can't do that when writing. Writing makes you think of every detail, both in grammar, subject matter, flow of ideas ( or logical thinking). It means constant checking and rewriting. Once written and sent, it can never be changed.
 Let me give you a Latin example. To write the smallest sentence in Latin - Pater meus agricola est - requires you to be exact in your use of vocabulary, sentence order, tense, gender, number and case, all at the same time! Let this suffice for now. I don't want to write a whole lecture, just give you an idea to think about.
 Another thing you might consider would be an internet "talk forum " or chat room. I do not mean a homepage, of which I have a list, but a place where any ASTE member could send questions about English teaching problems, etc., and receive suggestions, if not answers. Likewise members could post their ideas, and have them criticized or purified, and, as a very important side effect, keep in contact with each other.
 Finally, I have been asked what I think of English education in Japan? It is too complicated a question to answer in a few words, so I suggest you have a symposium someday and invite me to be a member of the panel! But I will suggest just one idea. You can think about it. Whether it is learning English or any other subject in school or out, the cultural background of the learner is the essential component of the process. The culture ( or your society, if you wish) is the starting point; teachers, textbooks and other aids are secondary. I can change the latter, but the former is there, strong and unbending. Success originates there.
 I am sorry I cannot be with you in Tokyo today, but a previous commitment made that impossible. However, if you have the occasion to come to Kagoshima, the Naples and Miami of Japan, please contact me and I would be glad to show you, if the weather is nice, our famous volcano, and other famous places.
 Congratulations on past successes, and let's get going on the next 20 year plan.
 
PS. You can obtain my e-mail address from Professor Yoshida. I'd be happy to
hear from you.

*Father Nissel's e-mail address is <jjnissel@bronze.ocn.ne.jp>

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−ASTEが動き出した日−

柳瀬 和明 (東京都立飛鳥高等学校)

 ASTEとのおつき合いは20年前、私が教員になってから数年経った頃に大学から届いた1通の封書から始まりました。
 
当時は通勤に1時間半以上かかる新設校勤務で、何かと忙殺される日常の中でなんとなく「枯れていく」ような自分を感じていました。そんな時、ニッセル先生と吉田先生から1通の封書が届きました。それは英語学科の卒業生で教員をしている人たちのために、大学で研修の場を設けるという企画のお知らせでした。今にして思えば、何か「潤い」のようなものを求めていた自分にとって、絶好のタイミングだったような気がします。
 準備会には東京近郊で教員をしている卒業生が20名ほど集まりました。自己紹介の中でそれぞれの職場での状況報告を聞きながら、「どこの先生も大変なんだなあ」と感じたのを覚えています。その後、研究会の立ち上げのための企画委員を数名決めることになったのです。保護者会でPTAの役員を決める時のような雰囲気で、私はこういう時には「誰か立候補してくれればいいのに・・・」と消極的な態度になるのが常だったのですが、あの時は違いました。何かに背中を押されるように手を挙げてしまったのです。何故だか今でもよくわかりませんが、「このまま『お客さん』になってはきっと続かなくなるのでは・・・」というような切羽詰まった気持ちがあったようにも思います。
 ニッセル先生と吉田先生、その他5名の企画委員で数回の会合を開き、現在のASTEの原形が発足することとなりました。例会への参加は最初英語学科の卒業生だけに限られていましたが、数年後には英語教育に関わっているすべての方々にも参加できるようになりました。また、現在ではすべて無料の例会ですが、発足当初の数年間は参加費が300円でした。その資金(といってもごく僅かですが)と大学からの予算援助でNEWSLETTERの作成、発送を行っていたのです。手元に「創刊号」がありますが、表紙のタイトルは手書きで7ページ構成というささやかなものでした。
 あれから20年、最初の準備会で何かに後押しされるように企画委員になっていなければ、これほど長く関わっていられなかったように思います。これまで教員としてなんとかやってこれたのはASTEという存在の支えがとても大きかったように思います。例会で様々な刺激を受けたのはもちろんですが、その集まりを通じて知り合った多くの方々やいろいろな機会を通して大変励まされてきました。
 これからも「会費をとらない稀な研究会」として、多くの人たちの「たまり場」としてASTEが益々多くの刺激を与えてくれることを願ってやみません。

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-水槽から大海へ-

吉田研作 (上智大学)

 早いもので、ASTE が出来て20年が過ぎた。そして、ASTEが始まった頃と比べて、今の日本の英語教育は大きく変わってきた。ASTEが始まった頃はまだ学習指導要領に「オーラル・コミュニケーション」という言葉はなかった。
英語IIA
(2単位)で英会話が教えられていたが、オーラル・コミュニケーションを教えるための科目は他には何もなかったと言っても過言ではないだろう。しかし、英語IIAは選択科目だった上、受検と全く無関係だったために、採用する学校があまりなかった。
 それに比べると、2002年から施行されるの新学習指導要領では外国語が必修化され、その上、まがりなりにも、オーラル・コミュニケーションが 6 単位まで履修可能になったというのは大きな進歩である。それだけオーラル・コミュニケーションの必要性が認識されるようになってきたと言えるだろう。現に、英語教育界に対する厳しい挑戦状が「21世紀日本の構想」懇談会から突きつけられてきた。英語を日本の第2公用語とする、という提案である。
このような新しい時代を迎え、日本の今後の英語教育、またその中でASTEが果たすべき役割について再考する時がやってきたと思うのである。設立当初は、日本の英語教育を、どちらかというと、外側から批評してきたところが多かったように思うが、Birdland A 及び Birdland Bの出版を契機に、単なる理想論からより現実的な現状認識に基づいた議論が展開されるようになってきたと思う。言ってみれば、「理想論」からその理想を「実現する」ための具体的方策の模索へと進化してきたと言って良いだろう。しかし、我々がやってきたことの多くは、まだ「教室」という狭い空間に限定されてきたように思う。教科書、という媒体は、必然的にそのような空間を想定して作られるものなのである。
 しかし、21世紀の世界、そして、その一員である日本も、正に「英語」の時代に突入しつつある。インターネットの普及で、世界中の人が互いにコミュニケーションできる環境ができあがってきた。そして、その時に使われる言語は、言うまでもなく、殆ど英語である。英語は、もはや、教室という狭い空間に縛られることなく、世界に出ていくためになくてはならない言葉になってきた。英語が日本の第2公用語になるならないにかかわらず、もはや英語なしでは、「水槽」から「川」へ、「川」から「海」へと生活空間を広げることはできなくなってきたのである。
 ASTE が今後新たな活路を見いだしていくためには、教室という「水槽」の中で役立つ技術から「大海」に出ていくためにどうすれば良いか、というよろ大きな視点に立ったものへの転換をしっかり自覚しなければならないだろう。水槽の水は、絶えず綺麗に保たれている。水槽の中に汚水はない。自らの命をねらう敵もいない。嵐もない。しかし、大海にでれば、汚い水もあれば、敵もいる。嵐もある。
 インターネットなどの高度に発達した新しい技術は、我々の教育の場を「水槽」から「大海」へと広げるための大きな手だてを与えてくれた。インターネットだけではない。より発達した交通手段により、海外に修学旅行に出かける学生の数は年々増加している。留学の機会も増えている。留学も、昔と変わって来た。学校で勉強するだけでなく、国際ボランティア、インターンシップ、ワーキングホリデイと、さまざま形の国際交流の機会が出来てきた。それだけ、英語を「大海」で使う機会が増えてきたのである。
このような時代の変化に英語教育はどう対処すれば良いのか。ASTE の課題は益々大きくなってきたと言えるだろう。
ASTE の仕事はまだまだ続きそうですね。

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ASTE 20周年に寄せて
会員の声

33年3月 文英語 長谷川 徹
 ASTE創設20周年おめでとうございます。ASTE NEWSLETTERは毎回隅々まで読ませていただいています。事務局の皆さんご苦労さまです。また、吉田研作先生のご努力には頭が下がるばかりです。北九州在住の私には、例会に参加する機会には恵ませませんが、例会での皆さんの熱心な眼差しが目に浮かびます。
 出来うることでしたら、せっかくの素晴らしい会合ですから、地方でもこのような例会を開催していただけないものかと思う次第です。大学当局の入試説明会の開催日と合わせての例会なども考えられると存じます。また、これらの
ASTENEWS LETTER を、少なくとも卒業生を送り出している高等学校や、全国の普通科の高等学校などに配信するなどの方法は考えられませんでしょうか。
このような研究会は長く続くことに意義があるものと思います。どうか今後ともご苦労の多いこととは存じますが、皆様のご努力とご健勝を祈念いたします。
 
追伸、 私は福岡の県立高校に30数年間勤務し、96年3月に退職しました。退職後は、非常勤講師として大学で1年間、私立高校と県立高校で4年間働いてきました。その間にもこの ASTE NEWS LETTER が大変役に立ったことを付け加えておき ます。


星野知子 
 ASTEのNewsletterを楽しみにしている読者のひとりです。
Oral Communication の指導法の向上の目的は、「実際に生活の中で生かされてこそ。」がモットーで、在住の外国人との交流をhobby のひとつに加えています。
ASTEでの記事は※「研究会」を押し進めていく大きな励みになっています。How to teachからWhat to teachの時代。ASTEのますますの発展を心から願っていますひとりです。

※「研究会」=異文化間コミュニケーションをテーマにした指導法を学び合うサークル(1988年11月スタート)。構成員は語学教育に携わっている人が2/3、交流活動に携わっている人が1/3


英語学科 S54年3月卒業  神奈川県立平塚江南高校教諭 栗原光弘    
 ASTE創設20周年おめでとうございます。私も教員になり20年が過ぎました。この数年でずいぶん神奈川県の公立高校も状況が変わったようです。100校計画の中で採用された我々は、多くが新設校にと配置されました。そして、20年前の学校は、20代の教員がたくさんいました。同年代の教員と毎日、遅くまで教育論議を交わした日々を懐かしく思い出します。経験はないものの、生徒と年齢が近いことがいかに大切なことだったか、最近とても感じるのです。我々の職場には、今20代の教員は数パーセントしかいません。この年齢のアンバランスが、現在の教育崩壊をもたらした一つの要因と言っても過言ではないでしょう。また、多くの学校では、相変わらず和訳中心の授業をしているという状況も変わっていないような気がします。教育には10年、20年先を考えたビジョンが無かったということは、現在の教育状況を考えれば肯定せざるを得ないと思います。又、我々教員の責任も見過ごす事はできません。
 吉研先生(あえて呼ばせてもらいます。)の「英語教育の在り方を考え直す」を読ませていただき、21世紀のあるべき英語教育を実現させなければならないと実感しています。勿論そこには、週五日制と新指導要領の導入という新たな課題が生じますが、インターネット言語が英語である以上、4技能を分けた教育でなく、包括的な英語教育が不可避な時代となっていると思います。トルコの地震で、救援物資として送られた日本の医薬品は英語の説明書がついてないために、使用できなかったとの報道が先日ありました。また、日本製のハイテク機械の英語説明書はネイティブにとって理解するのが、難しいと言われております。(日本語でも理解できませんが。)英語が異文化理解のためには、欠くことのできない世界言語という事実は認めざるを得ません。
 しかし、日本で行われている英語教育が、TOEFLに対応できないようなものであるということは事実です。これには、大学入試英語の改革が不可避だと考えます。又、教員は前例主義の役人体質だとつくづく最近感じるのです。(10年前のノートを使って、毎年同じ授業をしている教授という笑い話もありましたが。)一番必要なのは教員自体の意識改革でしょう。新指導要領が「仏作って魂入れず」にならないことを祈念したいと思います。
前置きが長くなりましたが、今回ペンをとったのは、吉研先生が始めた、S.T.P. という企画がたくさんの教員志望者を生んだということです。これにはASTEの会員の多くのメンバーが参加したのではないかと思います。私は北海道浦河へ3回、小野田に1回行きました。1,2年生の時は吉研先生と一緒に浦河に行ったのですが、素晴らしい経験をさせていただきました。教科書作りから始め、英語テープの作成や議論を重ね、地元の方々の協力も得て、午前中英語を中学生と共に学び、午後、リクレーションを通し、子供達との交流をするという貴重なプログラムでした。私の教員の原点はここにあるのです。今でも当時の教え子達(38才)と連絡を取り合い、北海道に行った時は宿泊させてもらったりしますが、まさに教育のあるべき姿がS.T.P.にはありました。
 当時の写真があります。中学生も大学生も吉研先生も素敵な笑顔で写っています。


Noritoshi Nakashima ( Aichi )
I became a member of ASTE after my two attendances at Sophia summer seminar for English teachers, one at home and the other abroad.
 I am very happy to have kept in touch through the newslettter with the latest information on the activities of this society.
 I hope I will be blessed with this benefit for some more time, although I put a period to my long teaching career at the end of March, 1999.
 I am now now attending community college English-related classes sponsored by private universities in and around Nagoya.
 I would like to continue taking interest in English and its education.


狩野 律子(かのう りつこ)カリタス女子中高等学校
 ASTE発足間もないころ、大学院に在籍していた私は、吉田先生のお手伝いでASTEの雑用係をしました。 郵送する封筒を紙袋いっぱいに抱えて裏門近くの郵便局に行ったり、例会の立て看板を立てたりした記憶が残っています。
 当時は、論文も電動タイプライターで書くのが普通だったので、吉田先生の研究室でパソコンとタイプライターがつながっていて、自動的にタイプされるのを見て驚いたものでした。(音がうるさいからということで、キーボードに触れる機械の足みたいなところにひとつひとつ靴下みたいなものをはかせていたように記憶しています)
 その後、現在の学校に就職し、時折送られてくるNEWSLETTERを気にしながらも仕事、双子の子育て(吉田先生に 「双子の言語習得を研究しては?」と助言されたのですが それどころではありませんでした)に追いまくられている毎日ですが、「ASTE20周年」と聞いて、月並みな表現ですが月日の経つのは速いな、と感じました。
 2年ほど前、一度思い立って、例会に参加させていただき、創立当時は「若手教員」という感じであった中心メンバーの先生方も、すっかり落ち着いた「ベテラン教員」になられたように見受けられましたが、会の雰囲気、様子は、相変わらずで、20年近くこつこつと続けてきた「重み」みたいなものを感じました。
 最近ではすっかり「天下の吉田研作先生」ですが、久しぶりにお会いしても、飾らない謙虚なお人柄は相変わらずで、英語教育以前に、「教師とは」ということを先生から随分教えられたような気がします。大学1年の時は、プールで会ったとき水泳まで教えていただき、「吉研さんに水泳を教授してもらった英語教師」は私くらいではないかと、自慢(?)しております。
 かくいう私も、勤務校では、「英語科主任」を何年か務めていて、生徒はもとより後輩の教員を指導する立場になってしまいました。いろいろな研究会に行くことも多いのですが、原点であるASTEの活動にもっと参加できたらと思っています。

1981年(昭和56年)・外国語学部英語学科卒
1983年外国語学研究科・言語学専攻 博士前期課程修了


1988年(昭和63年)比較文化学科卒業 近森祐三
 "About the future educational system in Japan."
1. My experience at Jochi:
I graduated from Tohoku University which had the Japanese educational system.
 After that I had managed my tutorial school in Omiya City. When I noticed
shortcomings on English education in Japan while I taught some students at my school I decided to learn international ways of teaching English through learning at the Ichigaya Campus. the result was an exciting one. At Ichigaya, the educational ways are totally different from that of Japanese ones. Students there had exciting experiences in class while those in Japanese schools were forced to follow silently lecture by professors without any debate non mutual exchanges of necessary information.
2. My wish to renovation of the Japanese educational system.
Firstly, I believe that fundamental innovation on the educations methods in Japan is necessary. For example, class systems or teaching systems in class are inappropriate from now in Japan and necessary to be changed into systems where class debate should be thought more of. Students should be allowed creative development of materials which are given in class. Teachers should not give one-sided answers as correct or desirable ones. Flexibility is necessary on the teaching side.
 Secondly, education should be evaluated on the society and the international level, not only on the academism and the success level in the entrance examination to the upper school. Without recognition by the Education Ministry, I suspect that these ideas would not be realized on the nationwide level of education in Japan.

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上智大学英語教員研究会 発足20周年記念 例会資料

石川和弘  (清泉女子中高等学校)
ASTE会長

 このような形でASTEの活動記録を発行できることをうれしく思います.この活動記録は,吉田先生を中心に何らかの形で英語の教育に携わるわれわれが,世界の最先端の研究に触れ,それを現場に持ち帰って自分の状況で試してみる,そしてそのフィードバックを研究の方に生かしてもらうという双方向的な活動の記録です.
 ASTEという会がここまで続いてきたことは,ひとえに参加者の献身的な活動とパーソナリティによるものと感じています.活動している先生たちは,それぞれ個性にあふれ,よくもこのように違ったタイプの人たちが集まっていると思いますが,共通項として,ユーモアにあふれ,他人の意見に耳を傾け,根はまじめということを感じます.自分の仕事に強い興味・関心を持ったプロという印象も受けます.吉田先生のパーソナリティがこれらの人々を結びつけているようです.
 20年といえば生まれた子供が大人になる長い時間ですが,このような仲間と活動してきたので,この20年を艱難辛苦をしてやってきたという実感はありません.むしろ,知的好奇心に満たされた,楽しい期間でした.今後もこのような雰囲気で,日本の英語教育に少しでも貢献できるような活動を続けていけることを願っています.


年次毎のテーマから見たASTEの歩み(1981〜2000)

1981年度 テーマ 『日本の英語教育の理想と現実』
1982年度 テーマ 『授業の活性化』
1983年度 テーマ 『授業 − 指導目標と教案』
1984年度 テーマ 『生徒の学習意欲を高めるための授業作り』
1985年度 テーマ 『英語を生かした英語の授業』
1986年度 テーマ 『教科書』
1987年度 テーマ 『クラスサイズと英語教育』
1988年度 テーマ 『Oral English ― Listening Comprehension をどう教えるか』
1990年度 テーマ 『Oral English ― Communicative な教授法と評価』
1991年度 テーマ 『Communicative な授業の実現に向けて』
1992年度 テーマ:『Learning Strategy を考える ― 生徒はどのように学んでいるか』
1993年度 テーマ:『高等学校新指導要領実施を前に』
1994年度 テーマ:『学習者のつまずき ― 異文化理解の視点から』
1995年度 テーマ:『コミュニケーション能力を促進するには』
1996年度 テーマ:『Learner Autonomy』
1997年度 テーマ:『試験がかわる。授業はかわる!?』
1998年度 テーマ:『顔が見えるWritten Communication』
1999年度 テーマ:『21世紀の英語教育が目指すもの - 個と集団を視野に ― 』(1)
2000年度 テーマ:『21世紀の英語教育が目指すもの - 個と集団を視野に ― 』(2)

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「OCAでのGroup Presentation『地域研究』の試み」

 第107回例会  2000年6月17日  望月尚子・柳瀬和明 (都立飛鳥高等学校)

                               
 今回の試みは、本校のOCAおける4年間の生徒発表活動を踏まえて、毎年手直しを加えながら行った1999年度の活動の1つです。

1.本校でのOCA
(1) 授業形態
 OCAは1年次生で2単位の授業で、各クラスを約20名程度に2分割し、それぞれを日本人教員とALT でテイームテイーングを行っている。教科書は発表活動の合間に定期考査ごとに3レッスン程度を進度予定とした。

(2) 定期考査
 中間考査、期末考査でそれぞれ30分のリスニング試験を実施。内容は教科書で扱った
話題をもとに、ALTと日本人教員で作成したテープを使用。

(3) 発表活動
 昨年まで以下のように年間5回の発表活動を組み込み、今回の「地域研究」はその4回目の発表活動にあたる。
 (1) Speech 自己紹介をかねたスピーチをクラスで発表(学年コンテスト有)
 (2) Recitation 課題文を与えて、それを暗唱し、クラスで発表(学年コンテスト有)
 (3)Story-telling Recitationで用いた課題文をもとに、グループ(4〜5人)でその話をふくらませて物語を完成させ、紙芝居形式でクラスで発表
*(4)地域研究  今回の試み 
 (5)Skit   グループでスキットを作り、クラスで発表(学年コンテスト有) 

2.今回の試み
(1) ねらい 
 客観的な情報を収集し、Visual Aids等を効果的に用いて、調べた内容を多くの人にわかりやすく伝える力の向上を図る。

(2) 手順
 クラスを4〜5人のグループに分け、グループごとに以下の地域から好きなものを選び、約6〜7週間の授業時間を準備にあてた後、クラスで発表を行った。
(対象地域)
 アメリカ合衆国(州別可)・カナダ・イギリス・オーストラリア・ニュージーランド・シンガポール・マレーシア・香港
(注)英語圏の地域に限った理由は、発表内容に関わる固有名詞等が発音できなくなってしまうことを避けるためである。

(3) 個人トピック
 地域が決定した後で、個人個人が以下の10のトピックの中から一つ選んでそれについて調べさせた。*印のついた3つのトピックは、どのグループも必ず扱わなければいけない「指定トピック」とした。これは、発表グループとそれを聞く他の生徒たちの間に使用語彙の共通部分を多くすることで、ボキャブラリーの共有、定着を図ったものである。
 *(1)首都・人口・構成民族・主な言語
 *(2)地理的特徴・気候
 *(3)文化・習慣(音楽・映画・伝統・祭りなど) 何か1つ選ぶ
  (4)著名な人物(歴史的人物・現在活躍している人)
  (5)観光名所
  (6)生活(衣・食・住)
  (7)動物・植物
  (8)有名な物・建築物
  (9)社会(産業・教育・医療・福祉など) 何か1つ選ぶ
 (10)その他(上記以外で興味あるもの)

(4) 調べ方
 以下のような情報源をもとに情報収集を行うように助言した。
  (1)各国、各地域の大使館、政府観光局の連絡先リストのプリント配布
  (2)参考図書「データブック・オブ・ザ・ワールド 世界各国要覧」(二宮書店)
  (3)ビデオ・テレビ番組
  (4)インターネット
  (5)ALTへのインタビュー

(5) 評価
 評価については、以下の5つの観点(それぞれ5点満点で計25点満点)で行った。項目の(1)〜(4)は生徒の「個人」レベルで、(5)はグループとしての協力態勢を評価の対象とした。採点は日本人教員とALTがそれぞれ25点満点で行い、合計50点満点とした。
(1)Content
(2)Pronunciation
(3)Gesture
(4)Visual Aids  
(5)Group Cooperation

(6) まとめ − "Dry" Presentationと"Wet" Presentation−
 今年度のASTEのテーマは「個と集団を視野に」ということで、学習者の発表活動における「個人」と「集団」の関連が意識できるようなものとして、今回「地域研究」の試みを発表させて頂いた。
 OCAでの発表活動というと、通常のクラスサイズ(約40人)を考えると個人レベルのSpeechやShow & Tellを行うだけでもかなりの準備を伴い、グループでの発表活動となると非常に難しいというのが現実ではないかと思われる。その最大の理由として、生徒間の人間関係があげられるのではないだろうか。準備段階もさることながら、発表本番に欠席したりすれば、グループ内の他の生徒たちに迷惑をかけ、また失望させてしまう恐れがあり、授業の中で取り組むのはかなりのリスクを伴う。しかし、今回の「地域研究」はグループ活動の中でも、このようなリスクを最小限に食い止めることが可能ではないかと思われる。それは、「個人」の独立性を保ちながら「グループ」としての協力態勢を合わせて評価できるからである。Skitのようなものとなると発表当日に誰かが欠席してしまうと発表そのものが成立しにくくなるが、今回の「地域研究」のように「個人トピック」を設定することで、たとえ欠席者がでても、グループとしての発表への支障を最小限に押さえることが可能になる。
 グループ内での「個人」の独立性を"Dry"(独立性が大きい)と"Wet"(独立性小さい)という観点でみると、OCAでの代表的な発表活動は以下のような分類が可能になるように思われる。


OCAで行われている様々な発表活動について、「個人」と「グループ」という二元的な分類の上に、"Dryと"Wet" という座標軸を加えてみると、新たな視点が生まれてくるように思われる。

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ASTE 2000年度後期予定

第108回例会
講演: The Effects of Input on Vocabulary Acquisition(講演は日本語)
講師:安原美代(府中第2中学校)
日時:2000年10月28日(土) 3時〜5時
場所:上智大学6号館 311 教室

第109回例会
シンポジウム:21世紀の英語教育が目指すもの-個と集団を視野に
パネリスト:2000年度発表者予定
日時:2001年1月27日(土) 3時〜5時
場所:上智大学6号館 311教室

**なお、本年度は、11月の例会予定日が全英連の大会を重なりますので、中止いたしますのでご了承ください。

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